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宮崎県

串間市

那珂郡 日向国
鳥羽神社 -
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為朝伝説・後鳥羽伝説のある小集落の神社。

宮ノ浦

都井岬の北側、「宮ノ浦」集落にある神社。後鳥羽上皇の伝承が遺されている。

所在

宮崎県串間市宮ノ浦

創建

ちゃんと調べていないのでわかりません。

祭神

 ▲後鳥羽上皇
 後鳥羽上皇(在位1183-1198)は承久の乱で敗れ、山陰沖の隠岐へ流されたことになっている。

 しかし宮崎には後鳥羽上皇が日南海岸に漂着したという伝承がある。上皇は都井岬の北に流れ着き、上陸してこの地に御殿を築いた。しかしその時、すでに上皇はかなり衰弱しており、まもなく崩御し、ここに御陵が築かれた。これが現在の宮ノ浦であるという。

 宮ノ浦には、船が漂着したという「御着場」、上皇の御殿が築かれたという「御成場」という地名が遺り、「鳥羽」という小字もある。宮ノ浦の北には「恋ヶ浦」というところがあり、これは後鳥羽上皇が遠く京の都を恋偲んだ場所だとされている。


 宮崎県の最南端・都井岬。その都井岬の付け根にあるのが宮ノ浦地区だ。宮ノ浦は、港から宮之浦川という小川に沿って家が立ち並ぶ小さな漁村である。

この「宮之浦」という地名の謂れについて、2つの説が伝わっている。一つは、ここに後鳥羽上皇が住んでいたという説、もう一つは源為朝の射た矢があった=御矢(みや)という説である。

鳥羽神社は、この2説のうち後鳥羽上皇説を伝える神社である。(源為朝については杉尾神社参照)

鳥羽神社は、宮之浦集落からははずれたところにあり、海岸を走る国道448号(日南海岸ロードパーク)がトンネルに差し掛かる直前の道路脇の茂みにある。このトンネルは恋ヶ浦トンネルといい、後鳥羽上皇に因むという「恋ヶ浦」へ抜けるためのトンネルだ。

しかし、集落のそとにあるせいなのか、集落の中心にあった杉尾神社と比べると、かなり質素な境内で、参道の階段も人がやっと一人通れる程度の幅しかない。


階段の手摺も単なる単管(鉄パイプ)。

階段の先に見えているお社もかなり簡素な感じだ。


これがそのお社の社殿。

田舎のバスの待合室みたいなプレハブ小屋だ。

内地の、それも神代の時代に遡る歴史を持つ宮崎県の神社としてはずいぶん簡素なようだけど、北海道の神社を見慣れた目で見ればどうということはない。


一応とはいえ、ちゃんと手水らしき水道も整備されている。これだけでも大したものだ。



階段の途中に落ちていた、動物のふん。野生動物なのかどうかもわからない。

これが何の糞なのかはわからないけれど、この眼の前の国道を走っていたら、たぬきっぽい動物が必死に車道を走って車から逃げていた。



【宮崎県神社庁データ】

名称 No

 

所在 宮崎県 TEL
FAX
例祭日
社格
祭神
交通
社殿
境内     
氏子世帯 崇敬者数 
摂末社
備考 

西暦 元号 和暦 事項 備考
             
     

【参考資料】
  

【リンク】
*宮崎県庁 みやざきの神話と伝承


参拝日:2013年06月08日
追加日:2015年02月25日

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